さんねん

いつからか、ほかの人から
「いつも忙しそうですね〜」と言われるようになった。
そのたびに、「ああ、まあ、そうですかねー」と
曖昧な返事をしてしまっていた。
言われるほど忙しくもなかったのだけど、
実際に余裕があまりなかったのと、
忙しく見られることに甘んじていたのだった。
とともに、これはよくないと思っていた。
「忙しそう」っていうのは自己管理ができていない証拠だと思っていたし
実際そうだったし、それを是正することもできていなかった。


今月に入ってからわりと余裕があり
以前のようにふらっとどこかに一人で行ったり
人に会ったり、家のことをしたりする時間が持てている。
幸いそれにつきあってくれる家族も大切な友人もたくさんいる。
家には未整理のものが膨大にあり、
とんでもないところから失くしたと思っていたものが出て来たり。
ずっと頭のなかがこんがらがり続けていたのを自覚。


考えてみれば、当たり前だった。
育児でほとんど活動できなかった2年半を取り返すべく
この3年は全力で走って来たんだ。
渦中にいることは自覚しつつ
この嵐はいつ終わる?いやまだまだだ、と
出口の見えないトンネルでもがいていた。
しかし走り続けないと気が済まなかった。
周りからも期待されているような気がしてた。
それに、もとからじっとしていられない性分だ。
ここ最近は自分が何者かもよくわからなくなっていた。
なぜ歌をうたっているか
どういう音楽がやりたいか
どういうふうに生きて行くのか。
目の前の仕事は差し迫りひたすらこなす日々。
お金を頂くからには求められる以上の結果を出したい。
無理は体にきた。
周囲の評価もあまり耳に入らなくなった。
が、これでいいと思った。


ひょんなことから過去の自分の作品に触れた。
あの頃はもっとストイックに「川本睦子は何者か」を追及していた。
とんがって、他者とぶつかり、のたうち回り、悶々としていた。
今は、自分が何者かなんてどうでもよくなっている。
わたしが何をやったって川本睦子であることには変わりない。
そういう自信が持てたことは今までの時間は無駄じゃなかったのかな。
「自分」という枠がとれたら
そのときようやく本当の「自分の歌」がうたえる気がする。


こんなことをつらつら書けるようになったのも、
だいぶ回復した証拠。
さて、部屋の片付けの続きをやるか。